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なんかちょっと頭よく作りすぎちゃったかな(笑)

――正直自分もそう感じていました。以前『in the dark room』リリースしたかしてないかくらいの時期に自分が泥酔して渋谷を歩いていたときにたまたま(Baの)賢司くんに会って。アルバム聴いたよって話から「あれ最高にかっこいいけど、ちゃんとロックを聴いてきた人にしか伝わんねーと思うよ。」って言ったことがあって。

要司(爆笑)。そう! それなんですよ。ほんとにロック好きな人じゃないとあの音のすごさとか伝わらない。いくら録ったときの状態、状況がすごくてもそんなの伝わらない。そこまで考えたり耳がいい人ばっかじゃないと思うし、一般向けじゃなかったのかなって。

小林要司(Vo/Gt)

――一方で、感じた“ズレ”ってものは逆に自分たちの自信にもなったんじゃない?

要司うん、すごくなった。なんかちょっと頭よく作りすぎちゃったかな(笑)。でもそこでなんか思いっきりやりたいことやれたからまったく後悔なくて。自分たちのやりたいことを入れ込めた本当にいいアルバムなんで。ぶっちゃけ言ったらフェスでやれる曲とかは少ない。

――でも実際去年“COUNTDOWN JAPAN”(以下:CDJ)に出て、今年も夏フェス何本か出て。フェスでの演奏はどうでした?

要司考えていた以上に(リスナーは)受け入れてくれたなって思えた。直球勝負でやっているから俺たちがやったことを思いっきり返してくれた感じがして、すごく熱くなれたかな。ただそのとき気づいたのが、重い曲を一発入れ込んだときにやっぱり戸惑っているお客さんがいて。俺たちはめちゃくちゃノレるけど、ちょっと「ん?」ってなってて。「四つ打ちじゃないとノレない子たちなのかな?」って(笑)。

――(笑)。

要司もし、『in the dark room』が浸透すれば“ロックの偏差値”っていうもので言えばあがると思うけど。でも、あのアルバム1枚では動かせないなって。すごく俺たちの本質ではあるけれど「それだけではダメなんだな」って思ったかな、CDJでは。自分たちの足りてない部分っていうのがすごく見えた。

小林要司(Vo/Gt)

――特にCDJっていう会場は今のシーンというものに対していちばん敏感なお客さんが集まる場所で、ある意味いちばん生々しいよね。ライブハウスでやってるバンドがいつもの何十倍ものお客さん揺らしている一方で、メジャーが風呂敷だけ広げてねじ込んだであろうアーティストがお客さん数えるくらいしかいなかったり。

要司心折れるやつですね。

――フェスや大きい会場のイベントとライブハウスとではお客さんの反応は違う?

要司そういう所に遊びにきている人たちは思いっきり楽しみにきているから、俺たちを知らなくてもすごく盛り上がってくれる。その一過性の盛り上がりをどう俺たちに引きつけるのかってのが勝負で、やっぱライブハウスとは全然違う。腕組んで後ろでふんぞり返ってるやつが少ない。やっぱり音楽聴いて酒飲んで、みんなで楽しんでいる。広い所ってのはそういうところなのかな。

何が足りていなかったかと端的に言うと“ポップネス”

――なるほど。そして初のミニアルバム『Sweet Doxy』が10月8日にリリースされます。前作、前々作を経て、フェスでのそういった経験を経てどういった作品になりましたか?

要司そのCDJなどで感じた俺たちに足りていないものを補充、表現できた作品だなと。何が足りていなかったかと端的に言うと“ポップネス”。ポップネスが全然足りていないんだなって。もっとわかりやすくしないと全然伝わらない。それに気づいたことで、それを6曲という曲数の中で思いっきり入れ込めた。

――実際このミニアルバムを聴いたときに、「これだよ! わかってんじゃん!」って強く思いました。

要司(笑)。違う、気づいたの! 年末に(笑)!

小林要司(Vo/Gt)

――(笑)。例えばじゃあ『HIGH VOLTEX』や『in the dark room』がポップな作品ではないかと言えばポップな作品だとは思う。ただ今のLHSが戦っている、戦っていかなきゃいけないシーンが求めているポップとは毛色の違うポップでしたよね。今作は今のシーンにピントがあった“ポップネス”をしっかりLHSの音に内包できている作品ができたなと思います。曲もそうだけどボーカル。声の響き方が以前とはだいぶ変わってきたなという印象を感じました。

要司やっぱり歌詞が前作、前々作とガラッと違う。『HIGH VOLTEX』で韻を踏む言葉遊びのスタイルを始めて。『in the dark room』でそれから脱却しようと、わかりやすい言葉選びしてみて。でもそれって気づいたら言葉は何を言っているかわかるけど、(意味は)何を言っているのかわからない。伝わってこない。オブラートに包みすぎていた言葉で作っていて。俺はそのとき芸術性も高まっているし、何言っているかわかるし、これだよってまた思えたけど。CDJに出て、「これじゃあまだ足んない。まだ包みすぎている。もっと素直に自分の心にある言葉を包まず素直に曝け出さないとダメだな」と思って。今回の曲は全曲そういう気持ちで仕上げたんだけど。やっぱりそういう言葉っていうのは今までのものが本心ではないわけじゃないけど、今作はものすごく純度の高い言葉だから。俺歌っててもすごく気持ちがノる。だから意識的に声の出し方とか歌い方を変えるというのは何にも考えてなくて。歌い方が変わったと感じるというのは、俺が多分歌詞に引っ張られている。感情移入できる歌詞が書けたからだと思います。

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伊藤 啓太
  • 伊藤 啓太
音楽好きの家庭育ちの次男。某CD屋からスタートし事務所、ライブハウス、音楽誌、流通、イベント制作と渡り歩いた業界屈指の決定力のない器用貧乏。
  • 鈴木 "もぐら" 悠太郎
1986年 神奈川県生まれ 通称"もぐら"
ライブハウスでの撮影をはじめ、2013年にはFUJI ROCK FESTIVALや朝霧JAMといった大型フェスの撮影も担当するなど活躍の場を広げている。またライブや音楽イベントのみならず、風景やポートレートなど幅広く撮影中。