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今年5月、東京を中心に活動を開始したtonetone。翌6月には仙台FLYING SONにて初ライブを成功させ、同時に処女作『永遠の人.ep』をリリース。さらに2週間後には、都内初ライブにもかかわらず、無謀ともとれるいきなりのワンマン公演“IKINARI ONE-MAN”を開催し、160人以上を動員する大盛況に収めた。出だしとしては順風満帆に見える彼らだが、スタート地点に立つまでには、たくさんのフラストレーションを抱えたまま、試行錯誤を積み重ねてきた。それを経てようやく走り出した今、心にある確かな想いとは――。どこかあどけなさが残る駆け出しの彼らに、どこよりも早くインタビュー!!

[メンバー] 田村友昌(Vo/Gt)仲宗根孝(Gt/Cho)森野光晴(Ba/cho)斎藤秀平(Dr)
[取材・文] いしぐろとも。
[写真] 鈴木“もぐら”悠太郎

バンドを辞めようか、続けようか悩んでた

――バンド結成、おめでとうございます。

メンバー一同ありがとうございます。

――まず、tonetone結成に至るまでの経緯について聞かせてください。

田村前に組んでたボナンザグラムっていうバンドが解散してから、バンドを辞めようか、続けようか悩んでた。そんなときに、ちょうど森野くんと飲みに行って、「バンドを辞めようかなって思ってるんだよね」って相談したんだよね。

tonetone 2014.7.7(mon)@下北沢ERA「IKINARI ONE-MAN」

――元々、森野さんとはどこで知り合ったんですか?

田村ボナンザ(ボナンザグラム)時代に新宿LOFTで初めてSAKANAMONと対バンして、それからお互いの企画に呼び合うようになったんです。そのうち個人的に一緒に飲みに行く仲にもなって、ボナンザの解散が決まったときも、森野くんにはちょくちょく相談してて……。

――相談したときにはもうバンドを辞めるつもりで……?

田村うん。でも森野くんは「遊びでもなんでもいいから、一緒にスタジオ入ろうよ。俺はタムタム(田村)の声も歌詞も好きだし、もう少し試してみようよ」って言ってくれて。

森野くんの言葉が支えになって、がむしゃらに歌の練習をするようになった

――それから考えが変わったと。

田村そうだね。今まで自分の歌に全く自信が無くて心が折れてたけど、森野くんの言葉が支えになって、がむしゃらに歌の練習をするようになった。そしたら自分の歌が上手くなっていることが自覚できて、初めて歌うことが楽しくなってきたんだよね。

――そしてまたバンドで歌うことを決意したんですね。

田村でも、すぐに良いメンバーに出会えるとは思ってなかったし、そのうち馴染めばいいかなっていう気持ちで最初はやってた。実際、たくさんの良いプレイヤーさんと一緒にスタジオに入ったんだけど、なかなか……。

田村友昌(Vo/Gt)

――なかなか馴染まなかった?

田村色々な人とスタジオに入れば入るほど、元バンドメンバーのサイくん(斎藤)のドラムはかっこよかったな~って改めて思ったし。

斎藤(照れ笑い)

田村やっぱり、最初に音を合わせた瞬間から“このバンドはいいバンドだ!”って思えるメンバーと一緒にやっていきたいっていう気持ちが日に日に強くなっていって。

――理想ではありますけど、実際そういう人とはなかなか出会えませんよね……。

田村ドラムのサイくんがFINLANDSっていうバンドのサポートをやってて。仲宗根くんも、前にそのバンドでサポートでギターを弾いてたっていう繋がりで出会ったんだよね。仲宗根くんは、今までの俺にない感性のあるギターを弾いてくれる、良いギタリスト。最初一緒にスタジオに入ったときから、“いける!”ってなって、超いいメンバーが集まったと思った!

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いしぐろとも。
  • いしぐろとも。
音楽に頼って生きている女子大生です。新宿の黄色いレコード屋さんでアルバイトしてます。よろしくお願いします。
  • 鈴木 "もぐら" 悠太郎
1986年 神奈川県生まれ 通称"もぐら"
ライブハウスでの撮影をはじめ、2013年にはFUJI ROCK FESTIVALや朝霧JAMといった大型フェスの撮影も担当するなど活躍の場を広げている。またライブや音楽イベントのみならず、風景やポートレートなど幅広く撮影中。