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かつて日本のニューウェーブシーンを牽引したMOTOCOMPOのコンポーザー、Dr.Usuiを中心に結成された(M)otocompo。彼らはおそらく世界唯一のエレクトロ・スカ・バンドである。ライブでオリジナル曲に加えて演奏されてきたのは「笑点のテーマ」、「GEE」(少女時代)、「Radioactivity」(KRAFTWERK)など混沌とした選曲のカバー曲。そして独特の雰囲気があるミニコントと、数え切れないほどのアーティストに対するオマージュ。(M)otocompoは、遊び心に溢れすぎて溺れそうになるようなバンドだ。その遊び心は、膨大な試行錯誤と手間暇の上に成り立っている。

しかし、作曲家としてでんぱ組.inc、妄想キャリブレーションやテレビアニメ「ドキドキ!プリキュア」の楽曲なども手がけるDr.Usuiは、なぜ(M)otocompoという「バンド」に、そこまでこだわるのだろうか? その理由と(M)otocompoというバンドの歴史、そしてこれからについて、Dr.Usuiと平野きのこのふたりに語ってもらった。

[メンバー] Dr.Usui(Vo/Syn)平野きのこ(Vo/Syn)
[取材・文] いぬゆな
[写真] 鈴木”もぐら”悠太郎

――初めてライブを観てから5年ほど経つのですが、未だに「(M)otocompoがどんなバンドなのか」っていうのを理解できていないんです。誰が観ても絶対楽しめるバンドなんだけど、本質がつかめないというか。そもそもスカとエレクトロを組み合わせようと思ったのはなぜなんですか?

平野それは、(M)otocompoが形になる前からDr.Usuiの頭のなかにあったと思うんですよ。MOTOCOMPOデビュー10周年ライブで、男性だけの通称「Usui隊」っていう集団が演奏するという演出があって、それが(M)otocompoの原型です。そして、MOTOCOMPOがずっとやってきたテクノポップやエレクトロミュージックに新しいエッセンスを加えようと。では、フェスなどで非常に盛り上がっているスカの要素はどうだろうと考えたのかな~と推測するんですが。

Dr.Usuiほとんど正解ですね(笑)。もっと言うと、エレクトロを90年代からずっとやってたので、周りがだいたい顔見知りになってきてて。ほかのジャンルのシーンに混ざりたくて、ロック系のイベントに出るためにはどうしたらいいかって考えていたんです。当時はJ-POPをジャズやボサノバ風にカバーした音楽がカフェでやたら流れていて、これを組み込むのはどうかなと思ったものの、ちょっと難しいなと。そこからいろいろ考えていって、とっつきやすいしノリもいいスカにたどり着いたんです。MOTOCOMPOにスカっぽいビートの曲もあったので、最初はそれをレパートリーにして、少しずつ曲を増やしていこうと。

――そして、ライブハウスに出演し始めたのが2011年ですよね。

Dr.Usui実は2010年末には小さなクラブでライブを始めてはいたんです。メンバーを集めてから10日くらいで。助走期間として、ひたすらライブをして場数を踏もうと。2012年までは自転車のペダルを休まず漕いでいる気分でした。いちばん最初の目標、モチベーションは「このバンドでフェスに出る」。実際に“ミナミホイール”とか“サカエスプリング”などのフェスに出させてもらって、そのとき一緒に出てたバンドとほかのイベントで対バンさせてもらったりしたよね。今有名になってるバンドもたくさんいた。

平野キュウソネコカミやフレデリック、みそっかす、ビレッジマンズストア、夜の本気ダンスとかですね。あとぱいぱいでか美さんとか……。

――僕が初めて(M)otocompoを観たのは、エイプリルズ、BiSとの3マンライブでした。(M)otocompoのいるシーンというのは、典型的なバンドシーンよりもアイドル、サブカルチャー的なシーンに近いところだと思っていたので、この時期にそういったバンドと対バンしていたのは意外です。最近はDr.Usuiみずからがプロデュースするアイドル、Kit Catとのスプリット・アルバムもリリースしていますし。

平野東京はシーンが細分化されているということもあって、いわゆるロックバンドと共演する機会は限られてましたね。大阪や名古屋では、飛び道具的なロックバンドとしてイベントに呼んでもらうことが多かったです。

Dr.Usuiバンドを順調に動かしていければ、(M)otocompoもブレイクしていた可能性はあったと思う。バンドが一定のクオリティに達したらCDリリースしてドーンといってやろう! と思ってたんだけど、そううまくはいかなかった(笑)。

――そして、2013年7月に最初のメンバー脱退があって、その穴を埋めるために「応援団」と称して僕やDiggityの編集長の八重樫がステージ上でヲタ芸しましたね。懐かしい。

Dr.Usuiその節はありがとうございました(笑)。当時は毎回のライブで「事件」を起こそうと思っていて、メンバー脱退というネガティブな出来事をどう消化するか考えた結果、応援団を結成してもらいました。ほかにもゲリラライブとか、サーキットフェスではシマシマの服でみんなで練り歩くとか、いろいろしたよね。

平野その後ピアノとサックスのメンバーが加入したんですが、一気に2人加入させたのは、バンドの勢いを衰えさせてはいけないという気持ちもありました。焦りのようなものもあったなと今になって思います。

Dr.Usuiそうそう、話題作りのために“ミナミホイール”前の名古屋のライブで発表したんだった(笑)。

平野“ミナミホイール”で最大規模の会場の入場規制をかける! っていうのが目標でしたから、そのためにとにかく事件を起こしまくりましたね。

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いぬゆな
  • いぬゆな
千葉生まれ千葉育ち。元バンドマン。演奏するより文章書くほうが得意なことに気づき、ライターになる。漫画と音楽とサッカーのことならどんと来い。それ以外もどんと来い。一番好きなバンドはThe music。
  • 鈴木 "もぐら" 悠太郎
1986年 神奈川県生まれ 通称"もぐら"
ライブハウスでの撮影をはじめ、2013年にはFUJI ROCK FESTIVALや朝霧JAMといった大型フェスの撮影も担当するなど活躍の場を広げている。またライブや音楽イベントのみならず、風景やポートレートなど幅広く撮影中。